下間久里の獅子舞
由来・歴史 下間久里の香取神社で例年7月15日に行われる獅子舞は、その宗家ともいわれる雨下無双角兵衛流、俗に「ささら獅子」と称されるもので太夫獅子、中獅子、女獅子の3頭1組で舞うものである。伝来時期はつまびらかではないが、元和9年(1623)頃との説もある。揃いの衣装で袴をはき腰に太鼓をつけたこの獅子舞は、三頭の獅子に 太夫や笛吹きが付き添い、各戸を回って夜までかかり全戸を祝福して歩く。曲には、「海道下り」、「津島」、「地固」、「とんび」、「ぼっこみ」などがあり、集落の南境界の路上で「辻切り」の式をおえて終了する。この獅子舞は最も素朴なもので、原始的伝統を引き継いでいるといわれる。

下間久里の獅子舞は「雨下無双角兵衛流」と呼ばれている。「埼玉県民俗芸能誌」によると、この角兵衛流を称える獅子舞は、下間久里の獅子舞のほか、秩父市の浦山の獅子舞、秩父郡皆野町の門平の獅子舞、同町大神の獅子舞、同町金沢の獅子舞や、下間久里から伝授を受けた春日部市の銚子口の獅子舞などがある。

この角兵衛流が獅子舞の宗家本流といわれている。獅子舞は角兵衛流のほか、埼玉県内には祐作流、稲荷流、下妻流、樋口流、津島流などがある。秩父市浦山の「大日本獅子舞来由」と称する巻物に、獅子舞の流技には三通りある。昔、角兵衛、角内、角助という三人の兄弟があり、これが獅子舞の祖先で、この三人の名前をとって角兵衛、角内流、角助流と称え、以後この三流が天下に行われた。この三人の中で長兄の角兵衛流が獅子舞の宗家本流であり、そこでこれを「天下一角兵衛流」と称するとある。

江戸時代の初期元和年間(1615〜1624)に、(約380年前)始まったといわれている。一説には、織豊時代に(約408年前)始まったともいわれ、紫宸殿より伝承したものと伝えられている。

詳細 獅子舞には大きく言って二つの種類がある。一つは、獅子頭を先頭に、大きな布の中に二人以上が入って舞うものと、もう一つは、獅子頭をかぶって立って舞うもので三人で組むことが多い。

下間久里の獅子舞は、獅子舞の宗家といわれる角兵衛流で、雨下無双角兵衛(俗称ささら獅子)と称し、太夫獅子の両方の角に「雨下無双角兵衛」と刻まれている。雨下とは、天の下の意であろう。

太夫獅子、中獅子、女獅子の3頭一組で、萌黄唐草模様の頭巾をかぶり、袴をつけ白足袋で舞う。これらの獅子頭は利根川流域の竜形式であり、獅子舞連中は40人余りで巴の紋、浴衣、白足袋、紅白の鼻緒の草履を着け、花笠は紅白の御幣を数本冠した正方形の簡単なもので3人の少年の頭上にのせる。

毎年7月15日、鎮守香取神社に集合して、三体の獅子頭を櫃から出して神社境内の別殿に安置してこれを献供をし、午前10時、獅子をかぶる役の服装は、揃いの衣装で袴をはき、顔の下半分から胸にかけて「こうがけ」というもので蔽い、太鼓を腹につける。神社拝殿で笛の演奏でシメを行ったあと、いったん鳥居の外に出て、御幣を持った太夫を先頭に、刀を持った副太夫、笛、花笠、獅子が続き、宮参りが始まります。

社殿の前で「宮参り」が舞われ、そのあと社殿を一周し、「津島」、「はや」の曲を舞う。このあと「くじ(九字)」を舞います。太夫が獅子の背につき、「くじ」の拝み文字を唱え、「くじ」を切る動作をする。  社殿で舞ったあとは、太夫、獅子、笛吹きなど総勢30人ほどで地区内約150軒の家を回り、家内安全、五穀豊穣、無病息災を祈り祝福しながら各戸の座敷で舞う。中場所として藤田宅(以前名主と称せられる)では、酒盛りをし、盛大に「出端」の曲が時間をかけて演じられ、最後に女獅子の舞が終わると、そのあと「しゃんぎり」の軽快な曲が奏され、ひょっとこ、おかめ等の面をかぶった数人の者が並んで舞う。

午後10時ごろ、下間久里と大里の境で最後の舞が行われる。まず、獅子3頭が「津島」「はや」を舞い、あとに太夫が右手に刀、左手に御幣を持って、「辻切り」を舞う。これは地区内を回り悪魔を追い詰め、ここで追い出すのだといわれている。全ての獅子舞はここで終わりとなる。

「曲」には、海道下り、宮参り、津島、かたおろし、地固め、早岡崎、拍子岡崎、文岡崎、とんび、よつあげ、ぼっこみ、出端、辻切り等48種がある。

下間久里の獅子舞が、いつ頃から行われているかを史的考察するには、「太夫」が捧持する巻物を見ることではあるが、一切の他見を禁じているので、その道は閉ざされている。

しかし、元禄十年(1697)七月に、下間久里から伝授された葛飾郡銚子口(現春日部市銚子口)の資料より、間接的に推定できる。また、元禄六年(1693)七月、下総国清水村(現野田市清水)に、享保三年(1718)七月、葛飾郡赤沼(現春日部市赤沼)に下間久里より伝授されている。このうち、清水村香取神社の秘伝書には、元和九年(1623)三月とあるので、あるいはこのときに伝授された可能性もある。

このページに掲載の写真、文章の無断転載を禁じます。