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第二期「こしがや都市未来創造塾」開講報告

第5回『こしがや都市未来創造塾』

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第4回『こしがや都市未来創造塾』

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第3回『こしがや都市未来創造塾』

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第2回『こしがや都市未来創造塾』

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第1回『こしがや都市未来創造塾』

平成28年9月17日(土)
昨年より、集客交流(観光交流)都市こしがやの創出を目標として、地域を担う優れた人材を輩出する人材アカデミーとして開講した、
「こしがや都市未来創造塾」
本日より、第二期のスタートです!

こしがや都市未来創造塾 第二期

まずは、当協会の会長であります、井橋吉一会長からご挨拶です。
第二期はさらなる発展へ向けて塾生の皆様よろしくお願い致します。

井橋吉一会長

来賓挨拶にて、高橋努越谷市長ご公務のため、環境経済部、長柄幸聖部長よりご挨拶を賜りました。
また市長からのメッセージも代読いただき、塾生の心持ちも上がったように感じられます。

高橋努越谷市長

本日は初回でもありますので、塾生の皆様より自己紹介をしていただきました。
本日お越しになれなかった皆様も次回お待ちしております。

塾生の皆様より自己紹介の様子

当塾の総合コーディネーター、岩崎徹様です。
一期では各グループのプレゼン資料の作成に大変ご尽力をいただきました。
今期もよろしくお願い致します。

総合コーディネーター岩崎徹様

当塾の塾長であります、(一社)日本観光振興協会 総合研究所長の丁野朗塾長です。
ご挨拶をいただき、その後ご講義をしていただきました。

(一社)日本観光振興協会 総合研究所長の丁野朗塾長

こしがやの地域資源活用とストーリー ~越谷の地域資源特性をどう活かすか~ というテーマの下、ご講義をいただきました。
「地域資源とは人材である」
非常に心に響くお言葉です。

講義の様子

あっという間の80分。
塾生の皆様も熱心に聞き入っていました。

講義の様子2

講義の後は、実際に市内を見て回る、ワークショップに出ました。
まずは、旧日光街道の越ヶ谷宿から歩きます。

実際に市内を見て回るワークショップの様子

越ヶ谷宿から元荒川沿いを歩き、御殿町へ。
こちらは「御殿跡」 越ヶ谷御殿は徳川家康によって慶長9年(1604)に設けられた御殿です。
徳川家康・秀忠などがしばし訪れて泊まり、鷹狩をしていた記録が残されています。(※1)

実際に市内を見て回るワークショップの様子

(※1)
 慶長九年(1604)には増林にあった御茶屋御殿を越谷の土豪会田出羽資久の敷地内(元荒川べり)に移し壮大な御殿を建造した。明暦の大火の際江戸城本丸が焼け落ちたので、仮居館として移設されてしまった。この御殿は中原御殿とか小菅御殿とかと同様で鷹狩り用に立てられた物である。 ●建長元年の板碑も碑の横に立っている。(建長元年(1249)銘の年号が刻まれ市内で発見された最古の物という。

越ヶ谷御殿は徳川家康によって慶長9年(1604)に設けられた御殿です。御殿の建物に関する詳細は不明ですが、その広さはおよそ現在の御殿町全域と推定されています。
 当初この地は越ヶ谷郷の土豪会田出羽の陣屋があった場所でしたが、家康が増林にあった御茶屋御殿を移したものといわれています。家康・秀忠などがしばし訪れて泊まり、鷹狩をしていた記録が残されています。
 その後、越ヶ谷御殿は明暦3年(1657)年の江戸大火によって江戸城が消失したため、将軍の仮殿として江戸城二の丸に移されました。その跡地は畑地として開発され、現在に至っています。

御殿跡から歩みを進めると、建長元年(1249)銘の年号が刻まれた板碑があります。市内で発見された最古の物です。
越谷市の指定文化財となっています。

建長元年(1249)銘の年号が刻まれた板碑

御殿跡から歩いて、久伊豆神社の参道です。
長い参道。200m以上はあるでしょうか。

久伊豆神社の参道

歩いた後は、越谷といえば、「越谷だるま」。
今回は島田達磨総業様に伺って来ました。
越谷だるまについてのご説明をいただきました。

越谷だるま1

塾生の皆様も熱心に耳を傾けています。
越谷に住んではいるけど、実際に越谷だるまの製造の過程を見る機会はそうありません。
実際に作っている場所を訪れての実践的な勉強となりました。

越谷だるま製造見学

越谷だるまの特徴は、色が白く、鼻がやや高くて、上品で優しい顔立ちです。
もちろん、一つ一つ手作業で顔が書かれていきます。

越谷だるま2

こちらは、だるまの木型です。
昔はこの木型に紙を貼り、背割りしたものを再度ニカワで張り合わせていたそうです。

越谷だるま木型

こちらがその割ったものを合わせた痕です。

合わせた痕

島田達磨総業様、ありがとうございました。
越谷だるまは、張子だるまとしては全国初、伝統的手工芸品に指定されています。

島田達磨総業

続いては、越谷といえば、「越谷ねぎ」。
越谷ねぎ匠の会葱農園、染谷様のもとを訪れました。

会葱農園染谷様

続いては、染谷様から越谷ねぎに関する説明をいただきました。
シーズン的にはまだ成長期ですが、今時期の育てが最も大変らしく、今年はだいぶ台風に悩まされているそうです。

染谷様越谷ねぎに関する説明の様子

見事なねぎ畑です。
今後のシーズンが楽しみです。
越谷ねぎの特徴は白身がしっかりとしまり、料理に使っても煮くずれせず、辛味と甘みが絶妙です。(※2)

ねぎ畑

(※1)
越谷ねぎは白身がしっかりとしまり、料理に使っても煮くずれせず、辛味と甘みが絶妙です。煮て、焼いて、揚げて、薬味で、どんな食べ方でもおいしさを発揮します。その品質の高さから、東京の有名料亭、高級料理店や蕎麦屋などでも使われている、高級食材として名高いねぎです。
 越谷のねぎ栽培が始まった時期ははっきりしませんが、古い資料から江戸時代から良質なねぎが栽培され、広く愛されていたていたと思われます。増森・中島・向畑などの自然堤防の広がる畑地で栽培されています。ネギは、主に増林地区や新方地区などで作付けされており、年間出荷量は2,110t(平成18年度、農林水産統計より)で県内第4位となっています。

越谷ねぎ匠の会葱農園 染谷様、ありがとうございました。
出荷シーズンになりましたら、また来ます。

ねぎ畑

講義、ワークショップで頭と体を使った後は、塾生・講師陣を含めた交流会。
観光協会隣接のBBQベースにて初対面同士の交流を図りました。
お互いにいろいろな話ができ、とても有意義な時間となりました。

ねぎ畑

こしがや都市未来創造塾第二期無事にスタートが切れました。
来年4月までの計8回。
有名講師の講演あり、グループワークあり、他地域の視察あり、新たなこしがやの創造に向けて、充実したものにして参ります。

都市未来創造塾第二期生